2009年2月27日、オヤジが永眠しました。
ちょうど広告系4ページのレイアウト作成と原稿。それに書籍が30ページ程度の締め切り直前でした。まさに締め切りラッシュ。
昨秋の危篤のときもほぼ同じ状況でしたが、今回もおかんと言い争いました。
締め切り前でとても田舎に帰れる状況ではないと!
まぁ、結果的に今回も帰省しましたが、それはおかんのためです。親戚の手前ですね。田舎は自分の仕事なんて理解できないし。
自分への非難は平気だけど、おかんはね。。。
てか、もともとこの仕事をはじめるとき、両親の葬式には出られないと覚悟しました。やっぱモノを伝える者として、どんな媒体だろうと責任はあるし、そのうえで「読んでもらえるもの」を目指す。
ジャーナリズムとエンタテインメントの両立が唯一の自分の書き手としての存在意義だと思ってます。
クライアントにめっちゃ修正されるけど、あくまで「こんな見せ方あるよ」と提案の気持ちで書いて、サンプル原稿を無視して入稿もするし。
とりあえず今回は書籍については切り口は別として、誰でも書けるので、他のライターさんに振ったり、編集さんに泣きついてページ数を減らしてもらい、とりあえず葬式の数日後にもろもろ入稿は一段落。
まぁ、なんにしてもリアル「おくりびと」(アカデミー賞外国映画賞)を味わったわけで、新発見の連続でした。
すぐに「おくりびと」便乗で、葬儀系の本出そうよ〜とか企画メールもしました。
正直葬儀はおもろかったし、わずか3日の出来事が一ヶ月分の経験のようで、目の下にはクマさんがあったです。
しかもオヤジさんは認知症でもあり、この数年ドラマになるような出来事がいろいろとあった。極端なところでは一家心中。。。じゃあ、みんなで死ぬか?とおかんに言ったことも多々あります。
ノリで死ねる。。。これってたぶん体験者にしか分からないでしょうね。
確かにそこまで追い込まれていた時期もあったけど、それらがすべて終わり、いまは事務処理でてんやわなやです。
おまけに自分の大殺界が終わったと思ったら、今年は仕事が舞い込みすぎて、ほとんど断ったけど。この葬式でまたふたつ断ったです。もう次は業界的にない。ますますビンボーになりそうで、おかんもオヤジの年金がなくなって、生活が大変そうだ。仕送りを考えると、もともと帰属意識の強い自分としては、今年は就活の年かも。
てか、会社には昔から入りたいのだ。ウチの法人化も見送ったことだし。
そのなか、食うだけならバイトでいけると考える下降思考もあるとしても、オヤジが死んだことで、次の時代がはじまったなと実感。
で、週末はひさびさに関西の編集・ライターさんの飲み会です。
いちお幹事なので、初七日のあとの開催直前の8日18時には帰阪します。
9日はセミナー2連発です。
とりあえず大殺界を抜けて、やりたいことのオンパレード。
でも、オヤジ逝ってもーたし。。。とりあえず四十九日まではドタバタかな。。。。
※いま読み直しと変な文章ありますね。まぁ、記録としてまんま残しておきます。 |